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2011-12-03

ソース(記事原文):ニューヨーク・タイムズ紙ヘラルド・トリビューン

睡眠薬により半死半生の人が覚醒するとみられる

ニューヨーク・タイムズ紙ヘラルド・トリビューン(2011年12月3日)― [読み易さを優先して患者さんと家族の敬称を省略しています]

ジュディ・コクス(Judy Cox)が息子を見た瞬間、その死を悟った。2008年10月のある朝のこと、ジュディが用事で出掛けようと玄関を出て車庫に通じる道に急いでいると、仰向けに横たわる紫色の染みに顔面蒼白の息子を見つけた。息子は息をしてなかった。ジュディは息子の意識を回復させることができず、まだ家で眠っていた夫ウェイン(Wayne)のもとへ叫びながら走った。「クリス(Chris)が死んでる。警察へ電話して!」と彼女は大声で叫んだ。

ウェインはベッドから飛び起き、車庫に通じる道に飛んでいき、ぐったりとした息子の体にひざまずき、必死に人工呼吸や心臓マッサージを試みた。ウェインがクリスの胸を圧迫し、口の中に詰まった嘔吐物を取り出したとき、ジュディは台所へ走り、なんとか救急車を呼べるまでに気を落ち着かせた。

クリスは26歳で、それまでも体調は良くなかった。昨年8月の四輪バイク事故で、身体を衰弱させるような背痛が残り、セラピーを受けても全く緩和されなかった。担当医は最近オキシコンチンを処方していた。後になって両親は息子が過剰摂取していたことを知らされた。

救急車が到着する頃までには、クリスの心臓は15間分以上停止していた。救急救命士が鼓動を回復させるのに更に15分かかり、その時点で医師らはクリスが生き延びる望みはほとんどないものと考えていた。血液が酸素を運ぶのを停止すると、ほんの15分で脳細胞は死滅し始める。30分後、生きている組織よりも壊死組織のほうが多くなる可能性が高い。

それでも、地元の病院の救急治療室スタッフは全力を尽くした。絡み合ったチューブや機器にクリスをつなぐと、心拍数を安定させるための薬剤を注射した。ウェインとジュディはどうすることもできずに、ただ廊下から見守るしかなかった。4時間後、最終的に一人の医師に人目につかない廊下へ呼び出された。

医師によるとクリスは昏睡状態にあり、おそらく重篤かつ回復不能な脳損傷を生じている。現状では人工呼吸器の補助でしか呼吸はできず、おそらく夜には心臓発作が頻発するのではないかということだった。

私たちがメンフィス市郊外にあるコクス家の応接間に座っていたのは先日の午後のことであった。ジュディが当時を思い返し、「最初、生命維持装置を外させてもらえないだろうかと医師らに尋ねられ、次に蘇生処置拒否指示(DNR)に署名するよう促された」と話した。その医師の説明によれば、クリスが息を引き取るたびに、どの病院スタッフも無理やり患者を蘇生させなくてはならず、患者の肋骨にひびが入ったり、患者に電気ショックを与えたりすることになるという。また、身体の生存を保持できたとしても、その数日後に脳内の生存領域が死滅するのは間違いないと思われると言われた。

ウェインとジュディは署名を断った。「犬の安楽死について話しているじゃない。息子のことなんだ」とウェインは叫んだ。当時クリスはまだ両親と住んでいた。子供の頃はいい子でユーモアたっぷりの子で、特に女子の前では恥ずかしがり屋だった。野球をしたり、近所の池で釣りをしたりするのを好んだ。クリスは父ウェインが2~3年後に退職したら、回収屋の家業を引き継ぐつもりであった。四輪バイクの事故が起きるまでは、両親に何か面倒を掛けるようなことはなかった。病院側が与えられる全てのチャンスを受けるに値する人物だった。

心臓発作は一度も起きなかった。4日後、クリスは目覚めた。

ハリウッド映画のように、完全な会話をこなして、完璧な身動きをし、以前のような状態に戻るといった目覚め方ではなかった。3年後、クリスは未だに話すことができない。自呼吸はしているものの、絶え間なく頻発する肺感染症と闘っている。栄養チューブだけが食物の供給源で、筋肉は拘縮し、結節性のねじれがみられる。わずかに指と眼瞼がぴくぴく動くが、腕と脚はほとんど動かないままであり、首は頭を支えられるほど丈夫でなく、車椅子の頭回りにある三日月形の支持装具に頭をもたれかけている。

それでも、ウェインとジュディは息子の認知機能が改善しつつあり、体調がいい時には基本的な指示に応えることができるという。例えば、「はい」なら目をパチパチさせ、「いいえ」なら指をひらひら動かし、親指を立てるように言えばその通りにする。医師らはクリスが植物状態の域を出て、最小意識状態として知られるぼんやりした意識範囲にまで進捗していることを認めている。これが何を意味するかといえば(クリスを取り巻く現状の経験や、さらなる回復の見通しについて言えることは)、依然として解明すべき段階にあるということである。

自分たちの知っている最愛の息子が「そこに存在している」という確信を抱き、この3年間クリスの両親は息子を元通りにする方法を探した。これまでのところ、夫妻の最大の期待は、思いも寄らないものからもたらされた。Ambienという睡眠薬である。この一般的な睡眠補助薬が、クリスのような患者に強い逆説効果を与えることが、増えつつある多くの症例報告で示唆されている。Ambienと、そのジェネリック医薬品ゾルピデムは、少なくとも一部の患者では、眠らせるものではなく、覚醒させるもののようだ。先の報告はあまりに明白なもので、最近まで医師らには理解しがたかった。最初の発見から10年以上経過し、ようやく今、詳しい観察が行われている。

ゾルピデムによる覚醒の第一報は、1999年に南アフリカから伝えられた。3年前にトラックに跳ねられて植物状態と宣告されたルイス・フィリューン(Louis Viljoen)という名の患者は、夜間に自分のマットレスをひっかく仕草をしていた。家庭医は、ルイスが不眠症に苦しんでいるのではないかと考え、ゾルピデム(睡眠薬)を投与して眠気を促すという提案をした。しかし、母親が錠剤を粉にして息子にストローで与えると、その20分後に息子ルイスはかすかに動き出した。普段のルイスの目はうつろで焦点が定まらずに部屋を漂っているが、意識のある目つきが一瞬垣間見られた。次に、話し始めたり(最初に発した言葉は「ハロー、ママ」であった)、動き始めたりした(四肢・顔の筋肉をコントロールできた)。2~3時間後、反応しなくなったが、その翌日から何日間も続けて、ゾルピデムを投与することで一度に2~3時間ルイスの意識が回復した。

これはハリウッド映画に値する症例であった。医師らが何らかの自然回復を期待する段階である3年は、とっくに過ぎていた。ルイスは完全な文章を話す能力とともに覚醒した。ルイスは母親のことが分かっただけでなく、見かけ上は植物状態であった時にしかルイスに話しかけていなかった人の声も分かった。記憶が薄らぎ続けていた謎の期間については何も覚えていなかった。いつしか時間が経っているというのはどんなものかと医師が尋ねると、ルイスは全く変化を感じないと答えた。一方、前回覚醒した際の会話を思い起こすことができたほか、過去の人生の断片(好きだったラクビーチーム、観戦した特別な試合、応援していた選手や嫌いな選手のこと)を思い出せた。時間が経つにつれ、認知機能が改善した。冗談で笑うことができ、覚醒状態が2~3時間から、まる1日に延長した。最終的に、ルイスにはゾルピデムを投与する必要がなくなった。

その後、類似した一貫した報告が少しずつ現れた。一部の報告はルイスの症例について聞いた後にゾルピデムを試した医師からのものであり、残りはルイスの医師と同じように偶然に有益性を見出した医師からの報告であった。この薬剤はだれにでも効力があるわけではなく、効いたとしても1~2時間後に効果が消えていく傾向が強かった。一方、ラッキーな少数の人にとって効果は絶大であった。数年間にわたり植物状態とみられた人が目覚めた。

米国では約20万人が、意識状態と無意識状態との境界レベルにある。最近まで、ほとんどの医師がこの病状から回復することは不可能だと信じていた。酸素欠乏が原因の損傷による植物状態は3ヵ月間続くと永続的なものと判断され、鈍的外傷が原因の損傷の場合は1年間続くと同様の判定が下された。最小意識状態の患者は、植物状態の患者と比べて、それほど良い状態ともいえず、ほとんどの医師はわざわざ区別していなかった。

しかし、ここ10年、一連の発見がまとまって、これまでの説よりも、はるかに複雑な説となった。2003年、アーカンソー州のテリー・ウォーリス(Terry Wallis)という男性が、19年間にわたる最小意識状態から覚醒した。神経画像では、基本的に患者の脳が自ら再構成していたことが示唆された。つまり、生存神経細胞が、壊死した神経細胞を迂回しながら、互いに新たな結合を構築していた。2007年のネイチャー(科学誌)に掲載された論文で、コーネル大医学大学(Weill Cornell Medical College)神経内科医ニコラス・シッフ(Nicholas Schiff)らは、深部脳刺激(外科的に埋め込んだ「脳ペースメーカー」で脳の特定領域に電気的刺激を送る)が、損傷から数年経った一部の重傷患者で、話したり食したりする能力を取り戻すのに役立つことを明らかにした。ちょうど今月、英国の神経科学者エイドリアン・オーエン(Adrian Owen)がランセット(医学誌)で、植物状態に思われた一部の患者の脳が、基本的指示に応じたと報告した。患者の体は動かなかったが、拳を握るよう指示(1ヵ所の運動前野領域を刺激)、もしくは足指を動かすように指示(別の領域を刺激)すると、脳波(EEG)スキャンで神経細胞発火の特有パターンが検出された。

フィラデルフィアにあるモスリハビリ研究所(Moss Rehabilitation Research Institute)とペンシルバニア大学(University of Pennsylvania)の研究者らは、意識障害の治療としてのゾルピデムに関する初の大規模臨床試験を今年開始した(パーキンソン病治療薬アマンタジンと、抗不安薬アチバンもまた、最小意識状態の患者の覚醒を高めるのに有望であることが示されている)。これまでの報告から、脳損傷患者の10%未満が薬剤の逆説効果を経験し、そのうちルイスのように強く反応する患者はわずかしかいないことが示唆されている。こうした確率は、コクス家と似たような家族にとって苦しみを伴う希望を与えるものである。一方、医師らには疑問をもたらす。睡眠薬で覚醒を促される患者もいれば、そうでない患者もいるのはなぜか? また、こうした類を見ない覚醒が、脳の治癒能力について何を物語っているのか?

クリスは昏睡から目覚めて2週間後、物を目で追い始めた。1ヵ月後、簡単な指示に従うことができた。「友人が部屋に入ってきて、2~3人ずつベッドの両サイドに立った」とジュディは当時を振り返る。「やがて『ジムを見て』、『ボブを見て』と言うと、右の男子を見つめるなどした」という。ウェインとジュディはMRI検査で詳しく調べてもらえないかと頼んだが、担当の神経内科医は無駄なことと返答した。担当医によれば、クリスの行動は完全に反射的なもので、呼吸や体温のように基本的機能を調節する脳幹によって引き起こされており、高次の思考をつかさどる脳皮質領域によるものではないという。また、クリスが友人を目で追うのをクリスの友人および家族が見たのは、現状を受け入れられない証拠であり、クリスの回復を意味するものではないとも話した。

「2日おきに担当医はドアに立ち止まり、クリスが反応するか確認するため、クリスの名を大声で呼んだ」とジュディは振り返る。「しかし、医師が部屋に入ることはなく、クリスを近くで見ることもなかった。それである日、私は医師の腕を掴むかのようにして、部屋に引きずり込み、クリスのベッドに向かった」と話した。ジュディは「目をパチパチして」とクリスに話しかけた。クリスはその通りにした。今度は医師に部屋の隅から隅まで歩くように頼み、クリスには医師を目で追い続けるよう指示した。クリスは医師を目で追い続けた。最後に、医師が部屋に立ちクリスを見つめている中で、ジュディはクリスに親指を立てるように言った。わずかだが親指が動いたとき、医師は仰天した。結局のところ、クリスは植物状態ではなく、最小意識状態にあった。

とはいえ、市中病院がクリスのためにできることはわずかしかなかった。予後を見込んだり、治療計画を立てたりする専門知識も手段もなかった。クリスのような患者の多くが最終的にお世話になる地元の介護施設でも同じことであった。

ウェインとジュディは息子のケアを引き受けることにし、最初アトランタで1番といわれる脳損傷センターに連れて行き(拘縮を緩和させる薬剤を放出するための装置をクリスの脊椎に埋め込む処置を施行)、その後フロリダのデスティンにある病院へ移った (そこで高圧酸素療法という実験的治療を試みた)。帰宅しようとテネシー州へ向かい始めたところ、友人からAmbienの逆説やフィラデルフィアの臨床試験について耳にした。

最小意識状態の特徴の1つは、ある意識レベルと別の意識レベルとの間の急速な変動にある。10分ないし20分間、クリスと一緒に過ごすと、良くなる兆しはないと結論するかもしれない。しかし、まる1時間一緒にいると、ある時点で、子犬のような目に焦点が合うのが分かる。その目は母か父を探しているように見えたり、新しい人が部屋に来るといぶかしそうに眺めたりしているようだ。何かしゃべって欲しいと頼むと、必死に舌なめずりをし、次に前かがみになり明白ないらだちで足を鳴らす。自分と一緒にクリスがそこにいることは紛れもない事実で、肉体的な弱点(嚥下や、顎のコントロールができない)のみが、さっきまでいたあの世についてクリスに描写させないようにしているかのようだ。

すると2~3分後、再び意識が遠のく。

この変わりやすさが診断を困難にさせる。モス研究所所長でゾルピデム試験の主任研究者であるジョン・ホワイト(John Whyte)は「患者があらゆる指示に応じる場合は判断がつく。一度も指示に応じることがない場合も判断できる。しかし、患者に指をひらひら動かすように指示すると、時折その通り従うこともある場合(大半の患者がこの症例に該当)、この『時折』に意味があるのか否かをどう判断すればいいのか」と語った。

ホワイト氏は、この疑問に答えようと自分のキャリアの全てをかけた。多数の植物状態患者のいる施設での仕事が、同氏の研修期間後の初仕事となった。そこで働いている間、診断をめぐる口論の多さに驚かされた。この患者集団でのあらゆる経験を加味しても、個々の患者に実際意識があるのかどうかに関して医師らはなかなか同意できないようであった。患者が顔をしかめたり、ぴくっと動いたり、目をぱちぱちさせる度にその意味について家族間で、もしくは家族と病院スタッフで論じ合った。

医療スタッフも含め多くの人は、全くの偶然の一致から結論を導き出していることが分かった。ホワイト氏の話では、ある母親は息子が栄養チューブを指差しているのは、胃のあたりに液漏れが生じて、かぶれていることを指摘しているのだと主張したという。ホワイト氏は「私がそこにいる間も患者は指差していた。母親はシーツを持ち上げて『見てください、液がありますよね。息子は私たちと意思疎通できるのです』と話した。私は『息子さんが指差していないとき、どれぐらいの頻度でシーツの下を見ますか? 見たことはない? 1回も?』 と尋ねた」という。ホワイト氏は、患者の指差しが液漏れを示している可能性はある一方、液漏れは持続的なもので、指差しは行き当たりばったりの可能性もあると説明した。他の例を挙げだしたら切りがない。ホワイト氏は「行動は間違った時に起これば例外となり、正しい時に起これば証拠となる」という。

この偏りを排除する目的で、同氏は単一被験者評価と呼ぶものを開発した。この評価は患者が植物状態なのか最小意識状態なのかを判定するため、各患者の特異体質に特有な一連の検査を医師らが計画するものである。骨の折れる仕事だが、得られる情報は重大である。「早期に最小意識状態となった患者は、予後が良好となる傾向がある。こうした患者とは少なくともコミュニケーション・システムの構築を試みることができる。というのも、その基盤となるものがあるからである」とホワイト氏は述べている。

信頼のおける評価方法を備えるとともに、同氏はこの基盤を足掛かりに前進する方法を模索し始めた。その時、Ambienの不思議な覚醒に注意を引かれた。

Ambienが鎮静させる代わりに覚醒させることは必ずしも意外というわけではない。同剤は奇異な夢遊病行動(睡眠中の食事、寝言、睡眠中の運転など)に関する報告との関連が従来からみられた。この現象は「奇異的興奮」と呼ばれることもある。これまでのところ、その現象を経験する脳損傷患者と、経験しない患者を具体的に予測するのに、一般に認められている予後の決定因子(年齢、健康全般、初期損傷の性質、またはMRI判定による脳損傷の程度)はいずれも役立たないことが証明された。この疑問に答えるため、薬物治療してない状態で、反応者ならびに無反応者を検討してみる必要がある、とホワイト氏は述べている。

去年の3月のある朝、クリスが薬物治療してない状態で検査を受けられるように、研究費でテネシー州からペンシルベニア大学付属病院へやって来た。そこで私はクリスや、ウェイン、ジュディと会った。ホワイト氏の研究助手アンドラス(Andras Szeles)氏が、クリスの顔や頭皮に数十個の微小な電極を取り付け、大きなヘッドセットをかぶせるのを、私たちは小さな病室の片隅から見ていた。アンドラス氏が一連の認知機能検査を行うと、これらの電極がクリスの脳活動を測定する。

ある検査では、アンドラス氏がクリスの右手にゴム手袋を置いた。ヘッドセットから流れる音声で、クリスに対し「手袋を握って」または「素手を握って」のいずれかが何度も伝えられた。クリスは全く反応しているようには見えなかったが、アンドラス氏によると肉眼では見ることのできなかった反応を電極により測定できるという。同氏は「クリスが握れるのかどうかという点にはあまり興味がない。握ろうとしているのかどうかを知りたいだけである」と話した。左手を動かそうとすると、右手とは異なる神経細胞が発火する。動かすことを想像したり、動かす用意をしたり、動かし始めるが止まったりした場合もまた発火し、いずれも同電極により検出される。

アンドラス氏は「『意識』というのは、実に複雑で難解な問題である」という。「覚醒にも度合いがあり、境界値をどこにすべきか必ずしも明確でない。ここで我々が探しているのは、理解および意思の証拠である」と述べた。クリスが「握る」や「手袋」という言葉を理解し、その特定のことが自分に向けて尋ねられていることが分かり、さらに最も基本的レベルでの応える意思を持っている場合、特徴的パターンの脳波が結果に現れることになる。

ホワイト氏らの研究チームは、患者80人を検査した後、ゾルピデムに対する反応者の結果と、無反応者の結果との比較を行い、その違いを説明するのに有用となる手がかりを探すつもりである。予想外に発火する特定の脳領域があるか、もしくは一方のグループに多くみられるが他方にはみられない神経細胞の発火パターンがあるかもしれない。こうした発見が、クリスの壊れた精神の謎を解き明かしたり、意識そのものを深く解明したりする道を切り開く可能性がある。

ウェインとジュディにはもっと差し迫った質問がある。息子の長期的予後について知ることを欲しており、息子は認知機能回復の頂点に達しているのか、それとも今後ますます良くなろうとする出発点にいるのかということである。

コーネル大医学大学(Weill Cornell Medical College)の医の倫理部門責任者で、出版予定の本『Rights Come to Mind: Brain Injury, Ethics and the Struggle for Consciousness(英文タイトル)』の著者であるジョウジフ・フィンズ(Joseph J.Fins)博士は、「患者がいったん最小意識状態に進むと、その後どうなるのかは予測できない」としている。一部の患者は完全に意識が回復しているが、より多くの患者では回復への道が依然として遠い。転帰を知る唯一の方法は、あせらずに患者を長い目で見ることであるという。

一方、長い目で見るというのは、複雑な提案である。「家族に生命維持装置を外す選択肢が残されている初期段階で、長期的予後がどうなるのかについて話すのは不可能に近い」とペンシルベニア大学病院の神経集中治療医でゾルピデム試験の研究者のスージン・パーク(Soojin Park)博士は述べている。「その後、さらに良くなることはないという確信に至ったときには、前述の選択肢は存在しない。なぜなら、その頃までには患者は自力で呼吸をしている。外せる人工呼吸器は既にない」と続けた。その際、最愛の人をもうこれ以上苦しめたくない家族は、栄養チューブを取り外すか、もしくは次回の細菌感染症を抗生物質で阻止せずに病気に負けることに同意しなくてはならない。多くの家族にとって、こうした死の選択は、人工呼吸器を止めるよりも、はるかに難しい。というのも、宗教では基本的に食物を与えないということを禁じる一方、例えば人工呼吸器などを止めることは許すとする教えがあり、これに本能的なものが後押しされる。

最悪の事態を想定し、家族に早期に治療を諦めるようアドバイスすることは、医師らにとって珍しいことではない。医師がそうする理由は、一つには現実を直視する手助けすることが義務だと理解しているからである。しかし、これは責任回避であるとフィンズ氏は主張している。同氏は「より素早く見事に解決するために、全ての不明点をうまく言い逃れしている」という。また、「そんなに早期に一様にあきらめるのは間違っている。後期回復の見込みに関するデータが出揃っているのだからなおさらである」とも述べた。

複数の研究によると、植物状態と診断された患者の約40%が、実際は最小意識状態にある。別の複数の試験では、定説で予測されているよりも、はるかに遅い時期に、驚くほどたくさんの植物状態患者や最小意識状態患者が、回復に向けて大きく前進したことが明らかにされている。

植物状態患者や最小意識状態患者に薬物治療を行おうとしている医師が増えているが、たいてい医師らは暗中模索している、とパーク氏は述べている。同氏は「どの薬がどの患者に効くのか、もしくはどれぐらいの投与量で効き、どの回復段階で効くのか、依然として分かっていない」としている。「家族にとって闘うべき時期と、あきらめるべき時期を知るのは難しくなるとも述べた。

また、医療費の問題もある。クリスのような患者の治療およびモニタリング(具体的には[1]ランダムな単攣縮と意図的な行動とを識別する単一被験者評価を計画し実施すること、[2]脳の回復を遅らせるような内科的合併症を生じた患者を管理すること、[3]進捗状況を断続的に評価すること)は、介護施設(基本的ケアは行われるが、脳損傷の専門医が診ることはない)に任せるよりもかなり高額である。治療などの対策を講じることを支持する人たちは、そうすることにより例えば患者が帰宅できた場合には、長い目で見て節約になると主張している。とはいえ、最も積極的な治療を行ったところで、大きな違いを生むかどうかは明らかでない。モス研究所プログラム責任者トム・スミス(Tom Smith)氏は「保険の運営主体者は個々の患者の転帰がどうなる見込みなのかをよく把握する必要がある。そうすることにより、どの患者において治療利益が得られやすく、その利益はどれぐらい重大なものになりそうなのかを自信を持って言うことができる。こういう言い方はしたくないが、基本的に次に生まれる疑問点は『この転帰を得るために、私はこの額を投資するのか? そんな価値があるのか?』である。返答するにはかなり厳しい質問である」としている。

クリスが病院から初めて帰宅したとき、コクス家には退院を祝う人が多数押し寄せた。クリスが小学校でクラスメートと一緒に作ったキルトを元担任が持ってきてくれた。昔の彼女や、知人、幼馴染が定期的に訪ねてきた。高校の友人は、セラピーの支払いの助けになればと資金集めの催しを開いてくれたりもした。しかし、時間が経ち、クリスが死ぬこともなければ完全に回復することもないことがはっきりするにつれ、来客も減っていった。クリスの妹アンバー(Amber)が時折訪ねて来る以外は、ウェインとジュディがほとんど自分たちだけで頑張っている。

夫妻の家は吹き抜けの中二階のある造りになっているが、一階の夫妻の寝室をクリスに明け渡した。夫妻は医療機器に囲まれた部屋の片隅に小さな折り畳み式ベッドを置き、そこで交替で眠ることにした。具体的な医療機器とは、床ずれを防ぐための普通より大きめのエアマットレスを敷いた病院用ベッドや、「立ち上がり補助イス」という特別な椅子(立位にさせることができ筋肉収縮を和らげるのに役立つと考えられている)、移乗用リフト、人工呼吸器である。

ジュディはクリスの最新装置をとりわけ熱心に私に見せてくれた。それはアイゲイズ(Eyegaze)という装置で、iPadに少し似ており、意思疎通を図るためにクリスが使い方を学んでいるという。この装置をジュディがクリスの車椅子の操作レバーに取り付ける。最初、クリスの目が何列かあるアイコンにざっと目を通す。アイコンには、絵の付いた単語や、文章の一部「I want」や「I like」 があったり、友人や家族がアニメで描かれ太字で名前が付いていたりする。コンピュータがクリスの目を追い、読み取る。「グリーン(Green)。ブリット(Brit)。『I want』、次に「ブリット-ブリット-ブリット-ブリット-ブリット」となった。ブリットは彼のいとこだ。クリスがいとこについて尋ねているのか、彼の目がうまく連携できないだけなのかは明らかでなかった。

ジュディはコンピュータを引き離すと、息子はまだ練習が必要だと話した。外来のリハビリで2月に初めて挑戦したとき、セラピストがバレンタインデーの色は何色かとクリスに尋ねると、「赤」のアイコンを見ることができたとしている。でも、今のところクリスに表現できる完全な文章は「飲み物が欲しい」の1文だけという。

毎日が決まりきった日課で始まる。ジュディはクリスが起き上がるのを手伝い、首や背中のサポートなしにベッドの隅に数分間座らせる。首の筋肉を強化し、いつの日か自力で頭を支えられるようにするのが目標だ。看護師に手伝ってもらって息子を入浴させ、次に椅子に移動させ、車椅子で居間や外に連れて行けるようにする。週に3回、母と息子は大型車でリハビリセンターへ行き、セラピストによりクリスの拘縮した筋肉を引き伸ばしたり、刺激したりしてもらう。これと同じぐらいの頻度で、ウェインかジュディはクリスの保険会社と数時間電話で言い争う。保険会社は個人看護や週1回のセラピーは保険適用されるが、脳損傷のリハビリセンターでの延長滞在については拒否するとしている。夫妻のうち少なくとも1人が息子に必ず付き添えるように、夫妻はスケジュールを調整している。

コクス夫妻は、新たな友人グループ、具体的にはクリスと同じような子をもつ家族らと親しくしている。こうした非公式グループの家族ら同士で、新たな研究や実験的治療に関し、治療戦略を共有し、情報を交換している。また、疲労感や孤独についても互いに語り合う。ジュディは「1日の終わりには、千年も生きているように感じる」という。「どうやって明日起床し、もう一度全部やればいいのか見当もつかない」と続けた。ウェインとジュディは、クリスの進捗状況が遅く、いらだっているのを認める一方、ここまで良くなったのだから、さらに良くなるのではないかと期待せずにはいられないという。ウェインは「クリスのことを愛してくれていた人を含め、クリスが死んだほうがよかったのではないかと考えている人がいることは分かっている」と話した。「でも、息子は死んでいない。生き抜いた。息子が息をし続ける限り、息子のためにできるだけのことをしてやらなくてはならない」と続けた。

ゾルピデムに関する報告には、まだ 一定の評価が得られていない。ルイスをはじめとする数名は、時間経過とともに着実に改善している。このうち投薬なしに自力で完全に意識が戻った人もいる(ルイスは車椅子を余儀なくされ、認知障害もあるが、年月を重ねるにつれて改善している)。しかし、こうした改善例は稀である。ホワイト氏によると、最も強く反応する患者は以下の2つの分類のうちの1つに当てはまるという。1つは毎日ゾルピデムを投与しても効果があまり薄れない患者、もう1つは継続投与により「覚醒」が徐々に弱まる患者である。後者が最もよくみられるタイプだと考えられる、と同氏は述べている。

クリスがどちらのタイプに当てはまるのか知るすべもなく、夫妻は安全を第一にしている。クリスには毎日アチバンを投与している。類似薬だがクリスの行動にそれほど強い影響を与えない。一方、ゾルピデムは妖精の粉であるかのように大切にしまってあり、友人や家族が来たときだけの特別な場合に投与している。

私が訪問した際にも投与してくれたので、どのように効くのか見ることができた。

ゾルピデム投与から2~3分後、クリスは目を開け微笑んだ。ジュディはベッドに座り、息子と向かい合った。「ねえ、クリス」と母親は語りかけた。「頬にキスしてくれない?」 と言いながら、寄り添い、頬を出した。しかし、息子は意図的に無視するかのように頭の向きを変えた。「クリス!」と冗談半分で母は諭した。息子は微笑むと低い声をもらした。クリスは母をからかっていたのだ。母が起き上がろうとしたとき、クリスが前かがみになり、口をすぼめて頬に軽く触れた。息子が自分と一緒にいることを確信すると、サインペンと紙を取り出し、「舌を出して」、「手のひらを上げて」、「親指を上げて」と次々と指示を書くと、クリスは全てに応じた。次に「エルビスのスマイルを見せて」と言うと、クリスは口をゆがめて笑って見せた。ジュディの指示が尽きると、クリスは舌なめずりをし始めた。「何か話してごらん」とウェインが語りかけた。ジュディが「『ママ』って言って」と頼んだ。ちょっと間があり、クリスはゆっくり「マアアアア」と大きな声を出した。


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