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2011-01-01

ソース(記事原文):サイエンス・デイリー

脳が恐れを知らないとき ― 恐怖の発見がPTSDに対する新治療につながる可能性

サイエンスデイリー(米科学誌[2011年1月1日]) — アイオワ大学(University of Iowa)の研究者らは、人に恐怖を体験させる脳の部位を特定した。この発見により心的外傷後ストレス障害(PTSD)や不安の諸症状に対する治療が改善される可能性がある。

本研究は、カレントバイオロジー(米科学誌)12月16日号に掲載されたもので、扁桃体と呼ばれるアーモンド型をした脳内領域は、恐怖感をどの程度司っているのかについて検討している。症例研究の対象となった患者は、稀な疾患を有しており、これにより患者の扁桃体が破壊されていた。アイオワ大学の研究者らは、お化け屋敷、ヘビ、クモ、ホラー映画などの恐怖を与えるものに対する患者の反応を観察したほか、命にかかわる状況をはじめとする過去のトラウマ(精神的外傷)となる体験について患者に尋ねた。同氏らは、扁桃体が機能しないと、患者が恐怖感を得られないことを突き止めた。

過去50年にわたる研究で、ラットからサルにいたるまで動物の恐怖反応を生む中心的役割を扁桃体が担っていることが明らかになっている。今回の研究では、ヒトにおいても扁桃体が恐怖状態を誘発するのに必要であることが初めて裏付けられている。この患者が過去に受けた研究で、顔の恐怖表情を読み取ることが不可能であることは認められたが、患者本人に恐怖を体験する能力があるのかどうかは本研究を行うまで明らかではなかった。

統括著者のアイオワ大学神経学・心理学教授ダニエル・トラネル(Daniel Tranel)博士は、この発見はPTSDとそれに関連した不安障害に対する新たな介入治療につながる可能性があると述べている。国立精神衛生研究所(National Institute of Mental Health)によれば、770万人を超えるアメリカ人がPTSDを発症していると推定されており、ランド社(Rand Corporation)による2008年の分析では、中東の戦争から帰還する兵士30万人がPTSDを経験すると予測された。

アイオワ大学大学院神経科学研究科プログラム(Interdisciplinary Graduate Program in Neuroscience)責任者のトラネル氏は、「今回の結果は、PTSDの根底には特定の脳領域が存在する可能性のあることを示している」と述べた。「現行のPTSDに対する治療選択肢には心理療法と薬物療法があるが、これらの治療法が扁桃体を標的にすることを目指して今後改良されたり、さらに進歩したりする可能性がある」

主著者でアイオワ大学臨床神経心理学を専攻する博士課程学生のジャスティン・ファインスタイン(Justin Feinstein)氏は、今回の結果から、安全かつ非侵襲的に扁桃体の活性を弱める方法により、PTSD患者の治療に役立てられる可能性のあることが示唆されるとしている。

「この一年、イラクとアフガニスタンから帰還したPTSDを患う退役軍人を治療してきた。彼らの生活は、恐怖心による影響を受けている。彼らの脳裏には絶えず危険がよぎるため、自宅から出られないことも多々ある」とファインスタイン氏は述べた。「これとは全く対照的に、本研究の患者の場合には、恐怖状態に反応することもなければ、心的外傷後ストレスの症状も示さない。恐怖感が、この患者の心の核に入り込むことはできない。要するに、トラウマとなる出来事が患者の脳に感情的な傷を残さないということである」

扁桃体の役割を調査する過程で、ファインスタイン氏は、患者が複数のヘビやクモ(一般に最も恐れられている2つの生物)にさらされている間や、世界で最も怖いお化け屋敷の1つを訪問している間、ホラー映画を次々と観ている間の患者の反応を観察し記録した。ファインスタイン氏は、死の恐怖から人前で話すことに対する恐怖にいたるまで、さまざまな恐怖に関する標準化質問票を多数用いて、患者の恐怖体験を評価することも行った。さらに、3ヶ月間にわたり、電子感情日記を患者に携帯させた。この日記は1日を通して、その時点の恐怖度を評価するよう不定期に患者に依頼するものである。

どの場面においても、患者が恐怖を体験することはなかった。そのうえ、トラウマとなるような患者の生命を脅かす出来事に日常生活において頻繁に遭遇したものの、患者は恐怖を感じなかったと報告している。

ファインスタイン氏は「まとめると、今回の結果からヒトの扁桃体は恐怖状態を誘発する脳の重要な部位であることが示唆される」と語った。「この患者は幸福や悲しみなどを感じることはできるが、恐怖を感じることはできない。このことから特定の脳領域、すなわち扁桃体が、恐怖という特定の感情を処理することに特化するように脳が組織されていることを示唆している」

ファインスタイン氏とトラネル氏が本研究で最も驚かされた観察所見は、ヘビとクモにさらされたときの患者の行動にあった。何年もの間、患者はヘビとクモが嫌いで避けるようにしていると研究者らに伝えていたが、ペットショップに入るや否やそれらの動物を触り始め、自分は好奇心に負けたのだと主張した。

南カリフォルニア大学(University of Southern California)神経科学教授で、トラネル氏の長年の共同研究者でもあるアントニオ・ダマシオ氏は、今回の研究結果の解釈を手助けした。研究者らは、今回の結果から、恐怖の性質は多くの場合、極めて本能的な無意識のレベルでコントロールされることが示唆されると述べている。「扁桃体がないということは、危険を回避するよう後押しする脳の警報装置が存在しないということになる」とファインスタイン氏は述べた。「この患者は回避すべきものに近づく。しかし驚くべきことに、彼女はその危険性を認識しているようだ。この患者が未だに生きているのは、注目に大いに値する」

ファインスタイン氏とトラネル氏は、アイオワ大学神経学部において本研究を実施した。
カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)神経科学・心理学教授ラルフ・アドルフ(Ralph Adolphs)氏も、今回のプロジェクに協力した。アドルフ氏は、トラネル氏やダマシオ氏と共同で、恐怖と扁桃体について何年ものあいだ研究してきた。

米国国立衛生研究所(National Institutes of Health)と米国国立科学財団大学院生フェローシップより本研究の助成を受けた。